注)セイちゃんのお兄さんとお父さんがもし生きていたらと言う話。
苦手な方は回れ右。それでもいいという方はスクロースしてどぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 小弛む 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 


1.


この世はどうかしてるんだ。
セイは診療所の患者を診ながら思った。

「セイ?どうかしたか?」

ふと気が付くと、父の玄庵がセイの顔を覗き込んでいた。
セイは咄嗟に顔を逸らし、何でもおりませんと立ち去る。
玄庵はそんなセイの後姿を溜息を吐きながら眺めていた。
奥の座敷にはセイの兄、祐馬が刀の手入れをしていた。
その姿を見て、セイは何故、自分は男ではないのだろうと落胆する。
長州の浪人がこの診療所を襲ってきたのはつい先日の事。
相手は三人で、長州勤皇派は診れないのかと攻め問答していると、痺れを切らした一人が、玄庵に斬り掛かろうとした為、セイは夢中で、玄庵の名を呼ぶ。
だが、一瞬の後、鉄と鉄が交し合った様な鋭い音が待合室に響き渡る。

「・・・穏やかじゃないですね。」

一瞬、何が起こったか分らなかった。
いつの間にか、総髪の男が玄庵と男との間に割って入り、玄庵に振り落とされようとされていた刀を、受け止めていた。
総髪の男のその冴えた月の様な瞳にセイは一瞬で引き込まれる。
男が呆気に取られている隙に、刀を弾き、男を袈裟懸けに斬りつけた。
そして、素早く残りの二人に刀を向け、来ますか?と問うと、男二人は憶えてろ!と吐き捨てて走り去っていった。
突然の事でセイは、まだ、事態が把握出来ずにいた。
やがて、患者達の話し声で我に返ると、慌てて玄庵の元へ駆け寄った。
騒ぎを聞きつけて祐馬が駆け付けた時には既に、後の祭り。
目に飛び込んで来たのは、少し散らかった待合室に玄庵とセイが総髪の男に頭を下げている姿だった。

「父上、セイ?これは一体・・・?」

祐馬の問い掛けに玄庵が安堵した様な表情で今までのいきさつを説明をし、事情を知った祐馬も玄庵とセイと同じく男に深々と頭を下げた。
玄庵と祐馬、そしてセイは男に何かお礼がしたいと何度も申し出るが、男はそんなのいいですよ、と笑顔で返すだけだった。
これには、一同、物腰の柔らかそうな形をしてなかなかどうして頑固者だと諦めざる負えなかった。

「ならば、せめてお名前だけでも。」

「壬生浪士組、沖田総司。」

そう言って穏やかな笑みを浮かべながら、診療所を後にした総司をセイは今でもはっきりと憶えている。
それが、祐馬が志願していた壬生浪士組だったとセイは後に知る。
そして、見事試験に合格し祐馬は晴れて壬生浪士組の一員となった。
セイは、自分も壬生浪士組に入りたいと願い出たが、当然のことながら、祐馬にお前は女子なのだからと堅く止められる。
祐馬の言い分も理解できる。
だが、あの日の長州の浪人を思ったら口惜しい。
自分にもっと力があれば、あのような浪人どもなど、すぐに蹴散らしてやったと言うのに。
と、眉間に皺を寄せた所で、診療所の方から聞き慣れた声が耳に入ってくる。
その声にセイは途端に表情を明るくさせ、その声の主の元へと走って行く。
祐馬はセイが走り去った方を見ると、小さく溜息を吐くが、一瞬の後には笑顔になり、刀の手入れを再開した。







2.


「おセイさん。どうかしましたか?」

気が付けば、目の前に総司の顔があり、セイは咄嗟に叫び出しそうになるのを必死に堪えた。
セイが総司を凝視すれば、総司は凄い顔ですね、おセイさん。とからかう。
そんな総司をセイは眉間に深く皺を寄せながら、この顔は生まれつきです!と団子を頬張る。
祐馬の壬生浪士組入隊以来、総司とは何かと接点があり、今では、甘味処まで一緒に行く様な仲である。
だが、この男、一回に食べる量がぜんざいならば9杯と大の甘党である。
これには、セイも驚いた。
最初はいい食べっぷりだと感心していたが、見ているうちに段々、胸やけがして、気が付けば、強制的に食べるのを止めさせていた。
ふと、総司に襟に小さな染みが点々としているのを見つける。

「先生、この染みは・・・」

と言いかけた所で口を紡ぐ。
そして、微かに眉間に皺を寄せると、総司から視線を外した。

「おセイさん?」

その総司の問い掛けにセイは数秒の後にいつもと変わらない笑顔で返事をした。

「何でもありません!それより、兄上は上手くやっているのでしょうか?」

「ふふ、おセイさんはまるで、母親の様ですね。祐馬さんは幸せ者ですね、こんな兄思いの可愛らしい妹さんを持って。」

「・・・。」

この、いい加減なと言えば聞こえは悪いが、地に足が付かないような総司の物言いが、セイは嫌いだった。
何故、と聞かれれば、返答に困るが、強いて言えば全てを諦めてしまっているようなそんな感じ。
いざとなれば命さえも諦めてしまうような。
そこまで考えて、セイは胸が痛むのを感じる。
一方では自分の驕りなのかもしれないのに、総司が平気で命を投げ打つ姿を想像して、自然と、総司の裾に手が伸びる。

「おセイさん?」

「え?あ、すみません!」

総司の呼び掛けにセイは我に返り、慌てて裾を離した。
その様子に総司は微笑み、

「何か悩み事でもあるんですか?今日は少し、様子が変ですし。」

総司のその言葉掛けにセイは俯いたままだんまりを決め込む。
だが、一瞬の後にはいつもの笑顔に戻り、何でもありませんと答えた。
その笑顔に総司は安堵した。

「あ、そうだ、おセイさん。面白い物見せてあげますよ。」

「面白い物?」

「えぇ、おセイさんもきっと気に入る筈ですよ。」

そう言って総司は不敵な笑みを浮かべた。



一方、壬生浪士組屯所。
荒々しい足音が屯所内に鳴り響く。

「総司!総司はいるかっ!」

荒々しい足音の正体、土方が鬼のような形相で障子を勢いよく開ける。
すると、そこには総司と同室の斉藤と祐馬が二人向かい合って将棋を打っていた。
突然の事で二人は驚いた表情を土方に向ける。
だが、一瞬の後には二人は平常心を取り戻し、祐馬は小さく笑い、斉藤はいつもの無表情に戻る。

「沖田先生なら、妹のセイと甘味処へ行くんだと張り切って出かけて行きましたけど?」

その言葉を聞き、土方は鬼の様な形相を更に鬼のようにする。

「あの野郎、俺の発句帳をー!帰ったら切腹だー!!!」

その怒鳴り声は屯所全体に響き渡った。






3.

「ん?沖田さん?」

斉藤は巡察中に総司の姿を確認する。
だが、どうも様子が可笑しい。
一人で慌てたり、赤くなったり、かと思えば青くなったり。
見てて面白くなり、背後から声を掛けた。

「沖田さん。こんな所で何をしてるんだ?」

「・・・っ!!」

瞬間、総司は肩を大きく揺らす。
斉藤はその総司の反応に珍しいなと思った。

「さ、斉藤さん、いきなり背後から声を掛けるのは止めてくださいよ!」

「すまん、少し様子が変だと感じたので声を掛けたんだが・・・。何をしてたんだ?」

斉藤が疑問を持つのも無理もない。
総司の手には簪と櫛の両方があったからだ。
斉藤の視線に気付いて総司は慌てて簪と櫛を元あった場所に戻す。

「どこぞの女子にでも贈り物か?」

瞬間、総司の顔がこれ以上なく赤くなる。
図らずも図星かと真相がわかって興味が失せた斉藤は巡察に戻ろうと踵を返すと、総司は斉藤の名を呼び、引き止める。
斉藤はその呼び掛けに振り返るが、

「やっぱり、何でもないです。すみません、引き止めてしまって。」

と、いつもの笑顔で言うので再び踵を返して、今度こそ巡察に戻った。
ふと、最近、友人の祐馬の妹と総司が懇意していると祐馬から聞いたことがある。
そういう事かと斉藤は納得して巡察を続けた。




巡察に戻ると、意気揚々と祐馬に飲みに行かないかと誘われた斉藤は、別に断る理由も無いので、飲みに行く事にする。
そして、よくよく考えてみれば、祐馬と飲みに行くのは今回が初めてだと気が付く。
道場にいた頃は、人と関われない理由があり、祐馬とも飲みに行ったことすらない。
そう思ったら、少し足取りが軽くなる。

「・・・こうして、飲むのは初めてだな。」

と祐馬はお猪口を持って差し出して来る。
それに、斉藤もお猪口を持って祐馬のお猪口に合わせた。

「そうだな。」

その、そっけない返事に祐馬は喉を鳴らしながら笑った。
斉藤は祐馬に何だと言う視線を送る。

「あぁ、いや、すまん。相変わらず、口数が少ないなと思って。」

「お前が喋り過ぎるんだろ。」

その言葉に祐馬は心外だ言った表情を見せる。

「そうか?意識したことはないが・・・。」

「さぞ、沖田さんとお喋り同士、気が合うだろうよ。」

「え、沖田さんと?」

瞬間、祐馬はくつくつと可笑しそうに笑う。

「確かに、沖田さんは面白い人だよ。それに返しきれない恩もある。・・・あの人が跳ねっかえりのセイを娶ってくれるなら申し分ないのにな。でも、俺としては斉藤が娶ってくれるのが一番だと思ってるんだがな。」

と、挑戦的な視線を送ってくる祐馬を斉藤は馬鹿を言えと躱す。
その斉藤の反応に祐馬はそっかと困ったように笑った。

「・・・そう言えば、先刻、沖田さんが簪と櫛を持って四苦八苦してるのを見たぞ。」

「へぇ。」

「お前の妹への贈り物なんじゃないのか?」

斉藤の言葉に祐馬は、もし、そうだったらいいのにな。とだけ答えた。
かくして、夜はすっかり更け、二人は店を出た。
店を出て、斉藤は、久しぶりに美味い酒が飲めたと思いながら、夜空の月を眺めた。




時は九つ。
こんな夜更けに祐馬はふと目が醒めた。
喉の渇きを感じ、厨房へ足を運んでいる途中、ただ、月を眺めている総司を見つける。
何処となく、近寄り難い雰囲気を感じ取った祐馬は来た道を戻ろうとした瞬間、総司はこちらに気付き、あぁ、富永さん。と微笑む。

「一緒に月でも見ませんか?」

総司に誘われては断れないと祐馬は総司の隣に腰を降ろした。
暫時、沈黙が続く。
しかし、何故か重苦しさを感じさせない雰囲気に祐馬は心地よさを感じる。

「何か、悩み事でもあるんですか?」

沈黙を破ったのは祐馬だった。
その言葉に総司は一瞬、瞠目するがすぐに笑顔になり、悩み事なんてありませんよ。と答える。

「・・・そうですか。あ、これは聞き流してくれて結構ですが、最近、お気に入りの簪が壊れたって妹が嘆いてましたよ。」

「・・・!?」

そう言って祐馬は腰を上げて来た道を戻って行った。
総司はと言うと、膝を折り、顔を赤くさせながら、斉藤さんの馬鹿。と呟いた。











































 

 

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