闇に咲く花
      ―中篇―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私は一体、どうしたと言うのだろう。
 
 
 
 
 
ふと気が付けばセイが目の前で倒れていた。
その光景を見て総司は、あぁ、またか。と思う。
まるで、目の前の状況を客観視した感覚に陥り、軽く眩暈がする。
もう、何度、こんなことを繰り返せば気が済むのだろう。
 
「・・・神谷さん。」
 
総司は、膝を折り、床に手をついてセイの顔を覗き込んだ。
その間、瞬きもせずに。
そして、セイの頸動脈を確かめる。
規則正しい脈が打っている事に安堵の溜息を吐き、そこで漸く初めて瞬きをした。
安心感が広がると共に、次第に自分のした事の重大さに気づいて行き、自己嫌悪で押し潰されそうになる。
いっその事、セイが逃げてくれればと総司は何度も思った。
記憶の中のセイは自分の仕打ちに必死に耐えている。
それなのに、セイを打つ手を止めようとしない自分に吐き気がする。
同時に、まるで、自分の中にもう一人の自分がいるような感覚に総司は恐怖を覚える。
そして、セイを抱き上げ、只管、謝り続けた。
 
 
 
―・・・そも、何故、私はこんな事をしているんだ?何故?
(それは、神谷さんが他の奴と仲良く話していたのが嫌だったから。)
何が嫌だった?
(・・・分らない。何故、嫌だったのか?)
ワカラナイ。
 
 
 
いつからだったからだろうか。
セイの行動を制限するようになったのは。
初めは小さな悋気だったように思える。
最近、更に美しさに磨きが掛かってきたセイは、男性ばかりでなく女子からも、以前より更に慕われるようになっていった。
それが、何故か総司の焦燥感を募らせていった。
例えば、隊士と一緒にいる時、以前は感じなかった黒い感情が総司の胸に芽生えていたし、女子と楽しそうに話をしているのを見ると、自分だけ置いて行かれて様な気分になってどうしようもなく寂しい気分になってしまう。
兎に角、セイと片時も離れたくない。
総司は真剣に自分はどうかしていると、感じ始めていた。
だが、しかし、セイを娶れば、つまり、自分のものにしてしまえばこの悩みも解決するやもしれぬと思い至り、いてもたってもいられず、総司はセイを呼び出した。
 
「沖田先生。お話とは?」
 
「神谷さん。女子に戻りなさい。」
 
途端、セイの顔が歪む。
そして、総司の襟を掴んで睨みつけた。
 
「どう、してですか。沖田先生。私は武士であり続けたいと、さんざ言ったのに!なのに、まだ、女子に戻れなどと言うのですか!このような酷い仕打ちを何故されるのです!」
 
「私とて、貴女にさんざ言ってきました。゛女子の身で武士になれる筈がない゛と。」
 
自分の襟を掴んでいた、細い腕を握ると、総司はセイを引き寄せ、抱き締めた。
セイは力一杯、抵抗するが、男の力に敵う筈もなく、仕舞には諦めて総司の腕の中で涙を零した。
 
「ほら、貴女はこんなにも非力で頼りない。だから・・・」
 
総司は、そこで言葉を切り、セイの頬に優しく触れ、顔を上げる。
目を合わせると優しく微笑みかけた。
 
「だから、私が貴女を守らせて下さい。この先ずっと。貴女の傍に居たいんです。」
 
思いもよらない総司の言葉にセイの涙は止み、ただ、目を見開いて総司を見詰める。
 
「沖、田先生。それはどういう・・・」
 
総司はセイから視線を外し、照れ臭そうに頬を掻いた。
 
 
「えっと、つまり・・・つまりは、その・・・私と、夫婦になってもらえませんか?」
 
 
 
 
あの時言ったことに嘘偽りなど無い。
本心から、セイの事を守っていきたいと思ったし、死が二人を別つまで傍にいたいと思っていた。
それが、今ではどうだ。
今、一番セイから守らなければならないものは自分ではないか。
セイの事を考えれば、解放してやることが一番いい事だと理解はしても、どうしてもセイを手離すことが出来ずにいるのだ。
情けなくて、己自身に吐き気がする。
自分はセイの自由を奪っている。その事をセイが気絶しているときは罪の意識に苛まれ、二度としないと胸に固く誓う。
だが、セイが他の誰かと一緒に話しているところを見るだけでそれは脆くも崩れてしまう。
なんて、意志の弱い人間なんだ。と何度も己の存在価値を問い、自分は生きている価値など無いと思ってきた。
 
「ごめんなさい、神谷さん。やはり、私如きは貴女と関わるべきではなかった。」
 
そして、セイを強く抱きしめた。
抱き締めた体はすっかり、痩せ以前の様な柔らかさは無く総司は胸が痛むのを感じた。
もう少し力を籠めれば、折れてしまいそうな程、頼りない体。
何度も何度もそれを実感しているにも関わらず、何故、自分はこんな酷い仕打ちをしてしまうのか。
そう何度も自問自答するが、答えは見つからず、結局、堂々巡りを繰り返す。
ふと、気配を感じ、後ろを振り返ると腕を組んだ浮乃助が立っていた。
総司は浮乃助に気付かれないように溜息を吐くと、セイをそっと床に寝かし、浮乃助に向き合った。
 
「・・・どうしてここが?」
 
「何、ちょっとしたコネでね。・・・それより、あんた何してんの?」
 
微かに、怒気を含んだ声色に総司はこの人は誤魔化せないなと悟る。
重たい空気が二人の間を漂う。
 
「全ては上様のご想像通りでございます。」
 
そう言って、総司は頭を下げた。
途端、乱暴に襟を掴まれ、強引に上を向かされる。
目に飛び込んできた浮乃助の表情が笑顔だったので、総司は一瞬、瞠目する。
否、正確には口は笑ってはいるが、目が笑っていない。
 
「沖田。俺は今、将軍としてここにいるんじゃない。一人の男としてここにいるんだ。」
 
その言葉に心臓が一つ脈を打つ。
耐えきれず、咄嗟に目を逸らした。
総司のその様子に浮乃助は溜息を吐く。
 
「随分と腑抜けたもんだな。お前。」
 
掴んでいた襟を離し、浮乃助はフン。と鼻で笑う。
 
「・・・浮乃助さん。」
 
「あんた、清三郎が大事じゃないのな。」
 
「そんな!違います!私は、神谷さんの事がずっと、大切で、守っていきたいと思っていました!」
 
浮乃助に言葉に総司は間髪入れずに反論する。
その反論に浮乃助は喉を鳴らしながら笑う。
 
「いました、か。」
 
「・・・!?」
 
「では、言うが、俺には、お前が清三郎を特別、大切にしているなんて到底、見えないが?」
 
浮乃助はゆっくり、総司の耳元まで顔を持っていき、そっと囁いた。
 
「あんたは清三郎をどうしたいんだ?」
 
 
 
セイをどうしたいか。
その言葉は、総司の頭の中で何度も木霊する。
 
浮乃助さんは変だ。
別に、私は神谷さんをどうしたいと言うわけでもないのに。
(・・・嘘だ。)
そも、彼女を縛り付けるなんて出来やしなのだから、そのままでいいんだ。
(でも、彼女には自分だけした目に入れて欲しくなのに・・・?)
そんな事・・・。
 
(女子の神谷さんは自分だけのもの・・・なんでしょう?)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
゛武士だから感情がないと仰るんですか!゛
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・あぁ、そうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・みやさん。・・・神谷さん。」
 
「ん・・・?」
 
セイは自分を呼ぶ声に目を醒ました。
するとそこには、あの日夢にまで見た春の日差しの様な笑顔の総司がいた。
その総司の表情をセイは目を瞠目したまま見詰めていた。
そんな、セイを総司は抱き寄せ、優しく包み込むように抱きしめた。
 
「神谷さん、私、分ったんです。」
 
総司はそっとセイを引き剥がすと、しっかりと目を見詰めて言った。
 
「私は、貴女をただ単に、独占したかっただけなんです。」
 
「え・・・」
 
「でも、貴女はただ一つの所で留まる様な人ではないから、それを許そうする心と、そうでない心が反発して結果的に貴女にあんな酷い仕打ちを・・・。」
 
「あ、の・・・沖田先生?」
 
「表面的には綺麗事ばかり考えてきていました。私なんかより、貴女にはもっと相応しい人がいるとか、貴女には貴女の道があるだとか。兎に角、私の中にある醜い感情をその綺麗なもので押し込めようとしてたんです。私は武士ですから、感情を殺さなければいけないと固定概念に囚われていたんです。」
 
そこまで言って、総司は再び、セイを引き寄せ、抱き締めた。
 
「でも、違ったんです。・・・私は武士である前に一人の人間だという事をすっかり忘れていました。」
 
 
「!!」
 
セイの体が強張るのを総司は感じ、苦笑する。
 
「そう、私もただ一人の人間であり、ただの男でもあるんです。そう思ったら、何だか、とっても腑に落ちて、不思議と醜い自分も受け入れられるようになったんです。」
 
「・・・。」
 
 
 
「結論を言うと、私も幸せになりたんです。神谷さん。貴女と共に。」
 
 
 
途端、セイは総司の腕からすり抜け、走り去った。
総司はセイの走り去った方をただ、見詰め、まぁ、当然の反応ですよね。と呟いた。
 

「長期戦を覚悟しましょうかね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―後書―

DV男の心理はざっとこんな感じで。

あ、ネタばらししますけど、今回の文の題材はDVをする男性の心理です。

次回は、突然、DVがなくなった女性の心理です。

inserted by FC2 system