華の如く2

 

 

 

一体、これで何度目になるだろう。
と溜息を吐きながら総司は、刀を元の鞘に戻す。
最近、不逞浪士の数が増えた様な気がするのは自分だけではない筈だ。
横たわる亡骸を見下ろしながら総司は組下に、捕縛した浪士を連れて行くよう命令した。
そして、後は組下に任せ総司は足早にこの場を去った。

 

 

 


今でも、人を斬る度に思い出す。
自分が初めて人を斬ったときの事を。
あれは、蝉の鳴き声が響き渡る夏の日だった。
総司は行き倒れになっている女子を見つけた。
その女の着物を見る限り、何処かの武家の娘だろう。
お供が近くにいない所を見ると、逃げられたか、道中殺されたのだろう。
こんなお時世だ。いつ何処で何が起こるか分らない。
総司は女子を抱えると、日陰の方へと移動した。
取敢えず、女子が被っていた笠を外した。
その瞬間、総司は何て可愛らしい女なのだろうと思った。
見た目は17、8だろうか。色は白く、すっとした輪郭。
鼻筋は通っており、形が良く、口も可愛らしい形をしていた。
瞳を開けると、もっと美しくなるのだろうなと総司は思い、暫く見惚れていると、幾つかの殺気を感じた。
刹那、総司の表情は一変する。
総司は静かに立ち上がり、抜刀し、鞘を投げ捨てた手を伸ばしたまま女子を庇うようにしてゆっくり後ろへ下がる。
多勢に無勢。囲まれていると分った総司は相手が仕掛けてい来るのを待った。
人数は3、4人と言ったところだろうか。総司は茂みに隠れている相手の殺気の数を冷静に数えた。
何処からか獲物が飛んでくるのを懸念して、気を張り巡らせながらあたりの様子を伺う。
すると、横から強烈な殺気を感じて、見ると、小柄が女子の方に向かっていた。
総司は瞬時に小柄と女子の間に入り、それを大刀で受けて落とした。
息を飲む声が聞こえる。
暫時、緊迫した空気が流れる。
すると、刀で対峙すれば勝ち目はないと判断した相手は舌打ちをし、やむなく退散した。
完全に殺気が消えたのを確認すると、総司は安堵の溜息を吐いた。
正直、相手が引いてくれて助かったと思った。
あれ程の人数、どうという事はないが、対峙すれば命の取り合いになるのは必至。
それだけは避けたかった。
ふと、総司は自分が人の命を奪う所を想像して、背筋が凍る。
だが、刀を握った以上、いつ自分が人の命を奪うか分らない。また、その逆も然り。自分もいつ命を奪われるともしれないのだ。
そこまで考えて、総司は首を横に振る。
何を馬鹿な事を。自分は武士だ。と、思いながら総司は女子の元へ目を移した。
すると、いつの間にか女子は覚醒しており、総司と目が合うなり頭を深々と下げた。

 

 


女子の名前はハナと言った。
大人びた顔立ちとは裏腹に、表情のよく変わる女だと言うのが総司の第一印象だった。
そして、笑うと、その名の如く花のように可愛らかった。
お喋り好きで明るく総司と意気投合するのに時間は掛からなかった。
そこから、総司とハナとの付き合いは始まった。
その日を境にハナは壬生浪士組の壬生寺に出入りするようになり、元来、素直で明るい性格故、他の隊士たちとも打ち解けるのも早かった。
ハナが屯所へ来ると、皆、途端に元気になる。
最初は女子の来る場所じゃないとハナを追い返そうとした、あの、土方でさえハナが来ない日にはどうしたのかと心配するほどだった。
そして、ハナが帰った途端、萎れた花の様に気落ちした。
総司はそんな皆の様子を、ただ、黙って微笑みながら見守っていた。
既に、ハナの存在は壬生浪士組に馴染み切っていた。

 

 

ある日の晩、総司はハナに呼び出された。
その情報を何処で入手したか分らない原田たちのからかわれもしたが、それを軽くあしらい、壬生寺を出てハナが指定した場所へ向かう。
目的地に着くと、ハナは既に来ており、総司の顔を見るなり微笑んだ。
そして、少し歩きたいと言うハナの要望に総司は応え、二人は歩き出した。
もうすっかり、朝晩は寒くなり秋の到来を感じさせるこの季節。
二人は目的もなくただ、歩く。
重たい沈黙だけが二人の間には流れていた。
ふと、総司はハナの肩が小刻みに震えている事に気付いた。
あぁ、そういう事かと総司は納得した。

「おハナさん。貴女は長州の間者だったんですね。」

途端、おハナは肩を大きく揺らす。
その反応に総司は溜息を吐いた。
つまりは、最初に出会った時、行き倒れになっていたハナを助け、襲われそうになったのは狂言。全ては壬生寺の屯所に忍び込む為の芝居だったのだ。
そこまでの考えに至った総司は、ハナに逃げるように言った。
そして、自分の目の前に二度と姿を見せないで欲しいと。
総司はそう言い放ち、ハナに背を向け立ち去ろうとした。
途端、背に殺気を感じ、総司は内心舌打ちをした。
出来れば、殺したくはない。
と言う総司の願いは届かず、ハナは涙を流しながら総司へと小刀を手に向かっていった。
その涙を見た瞬間、総司の胸の内に微かだが殺意が芽生えた。

 

 

地に伏したハナを見下ろしながら総司は大刀を元の鞘に納めた。
ハナの血が徐々に広がり、土に染み込む。
総司はしゃがみ込み、ハナの涙を指で掬った。
一体何を涙する必要があるのだろう。
実をいうと、気のいい隊士達を裏切るのは忍びないとでも思っていたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。こうなることがわかっていて、わざわざ間者になるハナの気が知れない。
総司は素早く立ち上がると、足早にこの場を後にした。
ふと、総司は自分の手のひらを眺めた。
初めて人を斬ったと言うのに、存外冷静な自分がいる。
ただ、胸の内に感じるぽっかりと穴が開いたような感覚。
ハナを失ったからではなく、もっと他に大事なものを失ってしまったような感覚に近かった。
そこまで考えて、総司は考えるのを止めた。
考えたって仕様がない。
今は、ただ、自分の仕事を全うすることだけを考えた。
ハナの裏切り、死は総司の胸に小さな闇を落としていった。

 

 

 

 

 

瞬間、身体に衝撃が走った。
気が付けば、遊女と思しき女子が顔を押さえてしゃがみ込んでいた。

「え、あ、すみません、大丈夫ですか?」

総司は慌てて女子に手を差し伸べる。

「へ、へぇ、大事ないどす。こちらこそ、余所見してて・・・。堪忍どすえ、お侍はん。」

そう言って、女子が顔を上げた瞬間、総司はすぐに永倉が言っていたセイだと気が付いた。

「もしかして、おセイさん?」

「へぇ、そうどすが、お侍はん、うちの名前・・・」 

その問いかけに、総司は視線を逸らしながら頬を掻いた。
実のところ、あの日以来、永倉には耳に蛸が出来る程セイについて聞かされていた。
故に、総司にはセイが他人だとは思えなくなっており、一目見ただけでセイだと分ったのだ。
すぐに総司はセイに微笑むと、新八の事を話した。

「永倉新八って知ってますよね?つい先日、貴女のところにいたと思うんですが。」

セイは一瞬、瞠目するがすぐに、あぁ、あの、おかしなお侍はん。と喉を鳴らしながら笑った。

「その永倉さんに、いつものように、貴女の事を聞かされていて、もう既に、他人とは思えなくなっていたんです。」

「そうやったんどすか。」

あまりに綺麗に笑うので総司は一瞬見惚れていた。
そして、同時に胸の痛みを感じる。
この胸の痛みを総司は深く考えずに、ただ、笑みを浮かべ続けた。
否、本当は考えたくないのかもしれない。
この気持ちは自分をどうにかしてしまいそうで怖かった。

「・・・えっと、それで、そちらはんは・・・?」

その言葉に、総司は我に返ると、慌てて、自分の名前を名乗った。

「やぁ、これは失礼しました!私は、新選組一番隊組長、沖田総司です。」

「改めまして、セイどす。すぐそこの輪違屋っちゅう店で働いとります。また、近くへおいでましたら、ご贔屓に。」

「ええ、それではまた。おセイさん。」

そうして、セイに別れを告げると総司は足早にその場を去った。
先程から感じるこの胸の痛みは、何故か。
考えまいとすればするほど、考えてしまい、痛みはまるで波のように押しては引き、また、引いては押しを繰り返す。
そして、何故か今、頭の脳裏を過るは己が斬った瞬間のハナの表情。
途端、鼓動の高鳴りを感じ、総司は歩く速度をさらに速めた。



新選組 屯所。
総司が居室の前に座ると、土方はあぁ、総司か。入れ。とだけ言う。
その言葉を聞いて総司は障子をゆっくり開け、居室内に入る。
そして、報告を終え、早々に部屋を出ようとする総司の背中を土方は呼び止めた。

「総司、お前、何かあったのか?」

「嫌だなぁ、土方さん。どうしてそう思ったんです?」

と、笑顔で振りむいた総司に土方は面喰った。

「いや、何。何でもねぇんだったらいいんだ。」

土方は手で総司を追い払うように動かすと、総司は酷いな、土方さんは。と喉を鳴らし笑いながら部屋を後にした。
それを見送った土方は、総司の姿が見えなくなると、気のせいだったかと溜息を吐いた。
ただ、少し、総司の様子がおかしかった様に思えたのは自分が総司に過保護なのだろうと思い至って苦笑した。
そして、再び報告書を記すべく、机に身体を向き直した。
一方、総司は内心、土方の鋭さに驚かされていた。
本当に、変な所は鋭いんだから、歳三さんは。と笑いながら廊下を歩く。
もう、さほど痛まない胸を握り、立ち止まって夜空を見上げた。
あまりに綺麗な月だったので、少々それを眺めていた。
大丈夫、大丈夫だと言い聞かせながら、総司は月に向かって笑顔を作る。
すると、奥から、原田と永倉の声がしたので総司は、二人の名前を呼び、手を振りながら近付いた。
そして、二人に月が綺麗なので月見酒でもと誘った。













 


 


 

And that's it?

 

 

 

 

 

 

 

 

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